カンゾウ(甘草) 英名:Glycyrrhiza ラテン名:Glycyrrhiza Radix (マメ科 Leguminosae )
基原植物:Glycyrrhiza uralensis Fisherはウラルカンゾウ(東北甘草)、Glycyrrhiza glabra Linnéはスペインカンゾウ(西北甘草、リコリス(licorice))を示し、日本薬局方ではどちらも基原植物とされています。また、カンゾウを煎った「シャカンゾウ(炙甘草)」と言う生薬もあります。
カンゾウは字の如く「甘」い「草」と書き、甘さは砂糖(スクロース)の約50~100倍と言われています。砂糖を入れる事なく甘みの嗜好が得られるので、低カロリーの甘味料として用いられます。例えば、味噌、醤油、佃煮、キャンデーなどに配合されます。
カンゾウの花
1.基原
1-1. 基原
Glycyrrhiza uralensis Fischer又は Glycyrrhiza glabra Linné (Leguminosae )の根及びストロン*で,ときには周皮を除いたもの(皮去りカンゾウ)である。本品は定量するとき,換算した生薬の乾燥物に対し,グリチルリチン酸(C42H62O16:822.93)2.0%以上を含む。 *ストロン:地上近くを這って伸びる茎
1-2. 調製
根とストロン(皮付きもしくは皮を除いて)を日光で乾燥させ、次いで加熱乾燥させる。
2.産地
2-1. おもな産地:中国(北部地方)
中国の最も古い医薬品書物「神農本草経」には「国老」と記され、最古の薬草と言われています。
中国は日本のおもな輸入先でしたが、輸出制限がかかりオーストラリア産などに切り替えをしています。
2-2. その他の生息域
モンゴル、アフガニスタン、イラン、イラク、パキスタン、ロシアウラル地方、シベリアなど
乾燥した砂地に自生していますが、日本の土壌での生息は不向きなようです。
3.主な成分
3-1. Glycyrrhizin(グリチルリチン)、 [別名 Glycyrrhizic Acid(グリチルリチン酸)]
(CAS No. 1405-86-3) 【構造式:出典】富士フィルム和光純薬株式会社ホームページ
カンゾウの主成分。トリテルペン配糖体。
スクロースの約180倍の甘味を持っています。
水溶性を上げるために無機塩(ジカリウム塩)として用いる事があります。
主な効果:抗炎症作用、去痰などが知られています。
3-2. Glycyrrhetinic acid(グリチルレチン酸)
(CAS No. 961-29-5) 【構造式:出典】富士フィルム和光純薬株式会社ホームページ
グリチルレチン酸は、カンゾウの主成分であるグリチルリチンよりグルクロン酸が2分子が加水分解した構造となっています。
3-3. Liquiritin(リクイリチン)
(CAS No. 551-15-5) 【構造式:出典】富士フィルム和光純薬株式会社ホームページ
フラバノン配糖体。
主な効果:抗アレルギー作用、抗炎症作用などが知られている。
3-4. その他の成分
カルコン類:Isoliquiritigeninなど
トリテルペン配糖体: Glabric acidなど
4.効能・効果
4-1. 抗炎症作用
発痛物質であるプロスタグランジンE2などの産生を抑制する事で炎症を抑えます。
4-2. 胃粘膜修復作用・抗胃潰瘍
胃粘膜の炎症を抑えます。また胃粘膜が修復される事で抗潰瘍を促します。
4-3. 鎮咳去痰作用
気管支の炎症を和らげる事によって鎮咳去痰を促します。
4-4. 抗アレルギー作用
I型アレルギーの発痛物質(ヒスタミン)の放出を抑える事によって、アレルギーによるかゆみや痛みを抑えます。
4-5. 保湿作用(皮膚)
角質細胞を覆っている角化外膜(角質細胞を守る膜)を成長させ、バリア機能を高め、水分を保持し易くします。
4-6. 他の生薬との調和
他の生薬の効果を高めたり、刺激性や毒性などを緩和して調和させる作用があります。
5.副作用
5-1. 胃腸障害
カンゾウの過剰の接種により消化器に負担がかかり、嘔吐や腹痛が起こる事があります。
5-2. 偽アルドステロン症(低カリウム血症)
5-2-1. 血圧が上昇する事があります。
5-2-2. 脱力感を感じる事があります。
5-2-3. 四肢への諸症状(ミオパチー:筋肉痛、むくみ、しびれ、こむら返り、こわばりなど)が起こります。
6.副作用の回避
6-1. 摂取許容量
副作用はカンゾウの過剰摂取に起因する事が多いです。1日の上限値は7.5g(グリチルリチンとして300㎎)と言われています。
【備考】カンゾウの主成分の「グリチルリチン酸ジカリウム」は医薬品成分でありながら、化粧品に配合する事が認められています。薬食審査発第0524001号「化粧品に配合可能な医薬品の成分について」:「グリチルリチン酸ジカリウム」は粘膜に使用されることがない化粧品のうち洗い流すものに100g中0.80gまで、粘膜に使用されることがない化粧品のうち洗い流さないものに100g中0.5gまで、粘膜に使用されることがある化粧品に100g中0.20gまで。
6-2. 無意識な過剰摂取
カンゾウは多くの漢方薬に処方されています。漢方薬の併用によって、無意識に多量のカンゾウを摂取している事があります。注意が必要です。
7.カンゾウの多様な研究
MD.Kamrul Hasanらは1990~2021年に報告されたカンゾウの文献をまとめた総説を発表しており、治療が期待できる化合物を含め、実に多彩な薬理効果が記載されています(下図)。なお、ここには摂取後に体内で生成される代謝産物の作用については言及していません(Figure 1 )。
Figure 1 List of Bioactive compounds available in Licorice and their role in alleviating different physiological ailments.
【出典】Phytochemistry, pharmacological activity, and potential health benefits of Glycyrrhiza Glabra
*Licorice:Glycyrrhiza glabra スペインカンゾウ
8.トピックス:近年の研究
8-1. 腸内細菌とグリチルリチン(カンゾウの主成分)の腸管吸収について
8-1-1. グリチルリチンは水溶性が高く、腸管から吸収されにくい
経口投与にて薬物を摂取し疾患部位で効力を発揮するには、薬物が腸管に到達した後に腸管壁を通過して血中に移動する必要があります(Figure 2 )。腸の内側の表面は絨毛(じゅうもう)とよばれる無数のひだがあり、大きな表面積からの栄養成分の吸収を実現しています(Figure 2 左)。栄養成分や薬剤はこの絨毛を構成する腸管上皮細胞を通過することではじめて血流に移行することができます(Figure 2 中)。ところが腸管上皮細胞の表面を構成する細胞膜は脂質二重膜であるため、あまり水溶性の高い成分は通過することができません(Figure 2 右)。グリチルリチンはまさに水溶性が高く、そのままではあまり腸から吸収されません。ではどうして、カンゾウを経口摂取した後、薬理作用が出るのでしょうか?
Figure 2 内臓、腸管壁、細胞膜(脂質二重膜)
8-1-2. 腸内細菌はグリチルリチンを加水分解することで脂溶性を上げ、腸管吸収を促す。
グリチルリチン 【構造式:出典】富士フィルム和光純薬株式会社ホームページ
グリチルリチンはグルクロン酸(糖)が2分子結合した配糖体で水溶性が高くなっています。結果としてグリチルリチンは腸管を僅かしか通過できませんでした。そこで、多くの研究者がグリチルリチンを加水分解させる資化菌(糖を栄養とする腸内細菌)の研究を行ってきました。
【出典】Isolation and characterization of three fungi with the potential of transforming glycyrrhizin
研究を結果上図に示します。研究者らは、グリチルリチンを腸内で代謝変換(加水分解)して、18β-グリチルレチン酸モノグルコライド(GAMG)とグリチルレチン酸(GA)とする酵素(β-glucuronidase)を持つ菌種を見出しました。このGAMG及びGAは腸管吸収をして血中に移行する事を確認する事ができました。また、GAMGおよびGAにもGLで見られる活性を持つことが判明しました。
つまり、そのままでは水溶性が高すぎて腸管吸収されにくいグリチルリチンを、腸内細菌が分解することで脂溶性が上昇し、活性を維持したまま吸収されるようになるということがわかったのです。
この結果は、グリチルリチンが天然のプロドラッグ*として体内で作用を発揮することを示しています。
*プロドラッグ:体内の酵素などによって代謝されることで薬理効果を示す薬剤
Ref. ④ : Akao, Kyoichi. (1998). Glycosides are natural prodrugs. 和漢医薬学会誌, 15, 1-13
8-2. 医薬品・食品分野から注目されているグリチルリチンの腸内細菌代謝物
18β-グリチルリチン酸モノグルコライド(GAMG)
【構造式:出典】富士フィルム和光純薬株式会社ホームページ
8-2-1. 食品分野
食品の甘味は、概ねはスクロース(砂糖の主成分)ですが、カロリーが高く、虫歯、肥満、高血圧、など多くの疾患を招きがちです。その砂糖の代替甘味料として、1970年頃までは人工甘味料が用いられていました。しかし、人工甘味料は安全性が懸念され、天然植物(カンゾウ)由来のグリチルリチンが代用甘味料として用いられるようになりました。グリチルリチンは砂糖の約180倍の甘味を持っており、低カロリーの甘味料です。アメリカではキャンディーやチューインガムの添加物として、日本では味噌や醤油などに使用されています。しかし「5.カンゾウの副作用」で記載しました様に、グリチルリチンの長期摂取は偽アルドステロン症の発症が危惧されます。現在、その欠点を解消するために、スクロースの941倍、グリチルリチンの5倍の甘味を持つグリチルレチン酸モノグルコライド(GAMG)が注目され、研究が盛んになっています。
8-2-2. 医薬分野
グリチルリチンは抗ウィルス、抗癌、抗酸化、抗炎症などの薬理学的な特性を持っています。しかし、先にも記載しました様に、グリチルリチンは血中への移行が良くありません。幸運な事に腸内細菌で加水分解されGAMGが生成する事が知られていますが、その効率は決して良い物ではなく、薬理活性を得るには多量のグリチルリチンを服用しなければなりません。
酵素法による18β-グリチルリチン酸モノグルコライド(GAMG)の取得
Figure 3 【構造式:出典】富士フィルム和光純薬株式会社ホームページ
GAMGを得るには化学合成など幾つかの方法がありますが、高効率でGLからGAMGに転換できる方法は、酵素を用いた方法だと考えられています。現在、多くの研究者がこの課題に挑んでいます(Figure 3 )。
9.参考
・漢方知識「生薬単」改訂第2版, 142-143