カノコソウ(鹿の子草)、吉草根、纈草根(けっそうこん)
英名:Japanese valerian ラテン名:Valerian Radix
基原植物:Valeriana fauriei Briquet(Valerianaceae オミナエシ科、APG分類体系ではCaprifoliaceae スイカズラ科に統合された)。
*APG分類(Angiosperm Phylogeny Group):被子植物のゲノム解析による遺伝情報によって、その類縁関係を規定する分類法
カノコソウの基原植物Valeriana fauriei Briquetは多年草で、草丈は40~80㎝、5~7月頃に淡紅色の小さな花を多数咲かせます。イソ吉草酸を含むため特異な強いにおいがあります。名前の由来はカノコソウを上から見た時に、つぼみの様子が染めの「鹿の子絞り」に見える事に由来します。
カノコソウの花
鹿の子絞り
近縁種としてセイヨウカノコソウ、ツルカノコソウなど約200種類あるとされています。ヨーロッパ諸国では局方のカノコソウと類似の効能・効果を持つ、セイヨウカノコソウ(Valeriana officinalis)が薬草として用いられています。しかし、セイヨウカノコソウはカノコソウとは精油成分が異なります。
1.基原
1-1.基原
本品はカノコソウValeriana fauriei Briquet( Valerianaceae)の根及び根茎である。
参考: 第十八改正日本薬局方技術情報JPTI2021. 1270 日局13第一追補において“その他近縁植物”は削除された。
基原植物はカノコソウValeriana fauriei Briquetと、その品種であるエゾカノコソウV. fauriei forma yezoensis Hara を指す。現在国内で栽培されている北海吉草根はエゾカノコソウの栽培品種である。セイヨウカノコソウV. officinalis L. 及びV. jatamansi Jones ( V. wallichii DC. ) は基原植物としない。
1-2.調製
葉の黄化始まる9月下旬~11月中旬までに収穫します。大株を分割し、土砂を水で洗い流し、根を伸ばして天日で乾燥させます。
2.産地
2-1.日本
北海道北見地方で栽培されています(北海吉草根)。原生植物としてのカノコソウは北海道から九州まで広く分布していますが、近年、乱獲により絶滅が危惧されています。
Ref. 日本のレッドデータ
江戸時代に長崎出島オランダ商館の医師から薬用となる事を教えられ、広まりました。
2-2.中国東北部、朝鮮半島、樺太、台湾
湿った草原に生育しています。
3.主な成分
3-1.Bornyl isovalerate(イソ吉草酸ボルニル)
(CAS No. 76-50-6) 【構造式:出典】KEGG DRUG Database
3-2.Kessyl glycol diacetate(ケッシルグリコールジアセテート)
(CAS No. 13835-51-3) 【構造式:出典】J-GLOBAL
3-3.その他
Isovaleric acid、Limonene、α-Pinene、p-Cymene、Kanokoside A~Dなど
4.効能・効果
浸剤、チンキ剤として用いられています。
4-1.鎮静作用
神経過敏、ヒステリー、興奮、神経衰弱、不眠症などに効果があります。
4-2.その他
心臓神経症、リラックス、消炎、鎮痛に効果があり、婦人用薬に配合されます。
5.副作用
過剰摂取により、頭痛、めまい、耳鳴りがおこる事があります。
睡眠薬等を常用している場合、服用は避けた方が良いとされています。
6.副作用の回避
副作用の多くは過剰摂取に起因しています。過量の服用や長期使用には注意が必要です。
最大容量に関して、「日本での生薬「カノコソウ」の利用法および名称に関する史的考察」には、熱湯に注ぎ使用した際に(飲用)、用法:3回/1日、用量:5g/1回と記載されています。
Ref. Misato, O., et al. (2022). 日本での生薬「カノコソウ」の利用法および 名称に関する史的考察. 日東医誌 Kampo Med, 73(1), 16-34
7.カノコソウの多様な研究
日本のカノコソウ(Valeriana fauriei Briq.)に関する論文は、同属植物のセイヨウカノコソウ (Valeriana officinalis) と比べて少なく、薬理等の知見は少ない様です。以下にカノコソウの検索結果の一部を示します。
Ref. ①:牧野利明ら. (2022). 日本での生薬「カノコソウ」の利用法および名称に関する史的考察. 日本東洋医学雑誌, 73(1), 16-34
8.トピックス:近年の研究
ここでは牧野、太田らの、マウスの不眠症モデルを用いた、ペントバルビタールで誘導される睡眠に対する、カノコソウ抽出物及び主成分(Kessyl glycol diacetete)の効果の研究をご紹介致します。
【化合物の略号・構造式】
*VF:Valeriana fauriei カノコソウ 本稿では根をエタノールで抽出したサンプルを使用している。
*KGD:Kessyl glycol diacetate カノコソウの成分
*KG8:Kessyl glycol 8-acetate (KGD) の2位のアセチル基が加水分解した化合物
8-1.マウス不眠症モデルを用いた、ペントバルビタールの投与による、カノコソウエタノール抽出物及びその成分(Kessyl glycol diacetate)の睡眠時間及び入眠時間の効果
8-1-1.睡眠時間
*Pentobarbital:鎮静作用、催眠作用、睡眠作用を有する。
*Diazepam:鎮静作用、催眠作用、睡眠作用を有する。ここではpositive controlとして用いられている。GABAa benzodiazepine受容体のアゴニストとしてGABAの作用を増強する。
マウスに対して各濃度のVF(カノコソウ)抽出物及びDiazepamを投与し、次いでカフェインで不眠症を誘発させ、この不眠症モデルに対してペントバルビタールを投与しました。Fig. 2(a)は縦軸に睡眠時間、横軸にVehicle、各種濃度のVF抽出物及びDiazepamを示しています。結果は、VF抽出物の濃度依存的に睡眠時間は改善している事が分かります。同様にFig. 2(b)のKGDも濃度依存的に睡眠時間は改善している事が分かりました。
8-1-2.入眠時間
Fig. 3(a)はマウス不眠症モデルに対するVF抽出物のペントバルビタール投与による入眠時間の効果を示しています。結果はVF抽出物の濃度依存的に入眠時間が改善している事が分かります。一方、Fig. 3(b)よりKGDは濃度に関わらず、入眠時間は改善していません。この結果から入眠時間に関してVF抽出物中のKGD(カノコソウの成分の一つ)とは別の化合物が関与している事が示唆されました。
8-2.カノコソウ抽出物のGABAa benzodiazepine受容体に対する効果
・GABA ( 4-aminobutanoic acid ):抑制性の神経伝達物質で鎮静、抗痙攣、抗不安作用を有する。
・GABAa benzodiazepine受容体:主に脳に発現している。GABAによって作動し、鎮静作用・睡眠作用を示すことが知られている。
・Flumazenil:benzodiazepine系薬剤の拮抗薬。鎮静や呼吸抑制の解除をする。
Fig. 5のグラフは、通常マウスへのVF抽出物及びDiazepamの投与に関して、Flumazenilを投与した際のペントバルビタールによる睡眠時間の効果を示しています。VF抽出物及びDiazepamを投与する事によって睡眠時間は長くなりますが、Flumazenilの投与によって睡眠時間は短縮されました。Johnstonらの研究で、Diazepamに対してFlumazenilはGABAa benzodiazepine受容体の鎮静作用・睡眠作用を阻害する事が報告されています。VF抽出物はDiazepamと同様の挙動を示し、従ってGABAa受容体のアゴニストとして働いている事が示唆されました。
9.引用文献
・漢方知識「生薬単」改訂第2版, 278-279