センキュウ(川芎) 英名:Cnidium Rhizome ラテン名:Cnidii Rhizoma
基原植物: Cnidium officinale Makino (セリ科 Umbelliferae)
基原植物は、多年草で、草丈30~40 cmで、秋に白色の小さな花をつけます。しかし、結実はせず、株分けで繁殖させます。
かつて「川芎」は「芎藭(きゅうきゅう)」と呼ばれていました。
センキュウとトウキはどちらもセリ科で共通点が多く、例えば共通の成分としてリグスチリド・スコポレチン、共通の効能・効果として婦人科系疾患の改善・補血作用等々、たいへん類似しています。
味はわずかに苦く、セロリに近い特異なにおいを有しています。
生薬以外に、煎じてお茶としたり、薬膳料理に使用されています。また、お酒に漬けて飲用する事もあります。
センキュウの花
1.基原
1-1. 基原
本品はセンキュウCnidium officinale Makino (Umbelliferae ) の根茎を、通例,湯通ししたものである。
1-2. 調製
地上部を付けたまま掘り取り、土を除き半乾にする。60~80℃の湯に15~20分間浸し、芯まで熱が通ったら湯から引き上げて稲架掛けにして乾燥する。乾燥後,茎葉を除去する。
*稲架掛け:束ねて自然風と天日で干す(写真は稲)
2.産地
2-1.日本
暖かい気候での生育にはあまり向かなくて、北海道、東北地方が主な産地となっています。
江戸時代に中国から薬用として渡来したと言われています。
2-2.中国
中国が原産地。「神農本草経」に記載があります。四川省産が良質だったので四川芎藭(しせんきゅうきゅう)と呼ばれていました。この名前を簡略化して川芎と呼ばれる様になりました。尚、中国産の川芎はLigusticum Chuanxiong Hortが基原で、日局には適合しません。
3.主な成分
センキュウはトウキと同じセリ科の植物で、幾らかの共通成分があります。
3-1.(Z)-Ligustilide(リグスチリド)
(CAS No. 4431-01-0) 【構造式:出典】富士フィルム和光純薬株式会社ホームページ
アルキルフタリド類。
主な効果:血管拡張、冷え性の改善、美白効果などが知られています。
3-2.Scopoletin(スコポレチン)
(CAS No. 92-61-5) 【構造式:出典】富士フィルム和光純薬株式会社ホームページ
クマリン誘導体。天然に多く見られます。
主な効果:抗高血圧症、抗炎症、鎮痛作用などが知られています。
3-3.(E)-Ferulic acid(フェルラ酸)
(CAS No. 537-98-4) 【構造式:出典】富士フィルム和光純薬株式会社ホームページ
ケイ皮酸誘導体。
主な効果:抗酸化作用、美白効果、認知症予防などが知られています。
3-4.その他
クロロゲン酸、センキュノリドA、ブチルフタリドなどが含まれています。
4.効能・効果
漢方では同様の効能・効果を持つトウキ(セリ科)と組み合わせて処方される事が多い様です。
4-1.婦人科系疾患の改善
生理不順、生理痛、更年期障害、難産、産後の体調不良などの婦人科系の疾患に効果があります。
4-2.補血作用
補血作用によって貧血、冷え性、疲労、病後の体力低下の改善をします。
4-3.強壮作用
疲労回復に効果があります。
4-4.鎮痛作用
鎮痛作用によって頭痛、腹痛、腰痛、筋肉痛、神経痛などの改善に効果があります。
4-5.駆瘀血(くおけつ)作用
駆瘀血作用によって、体内の血液が一定箇所に滞ること(瘀血)を去り、血流の改善をします。冷え症、頭痛、肩こり、めまいなどに効果があります。
5.副作用
辛い刺激物と一緒に食べると胃腸に不調をきたし、腹痛、下痢などを起こす事があります。
6.副作用の回避
副作用の多くは過剰摂取に起因しています。過量の服用や長期使用には注意が必要です。
7.センキュウの多様な研究
Figure 1 Biological activity of Cnidium Officinale Makino
センキュウに関して、近年研究されている薬効・薬理を調査しました。Figure 1 に示します様に多岐に渡って研究されている事が分かります。
Ref. データベース Google Scholar
調査方法「Cnidium Officinale」+「種々の薬理作用名称」
調査年月日:2023年6月26日
下記に幾らかの研究論文を示しました。参考にしてください。
婦人科系疾患の改善:
補血作用:
抗酸化作用:
抗炎症作用:
抗糖尿病:
抗癌活性:
8.トピックス:近年の研究
ここではLimらのセンキュウによる疼痛改善の研究をご紹介します。
8-1.疼痛の評価方法
本研究では、疼痛の評価をVon Frey試験(Mechanical Withdrawal Threshold (MWT) Analysis)で行っています。この試験はラットに機械的な刺激を加え、逃避行動を観測する事によって疼痛を解析する方法です。
Figure 2 Von Frey試験
Figure 2 に示します様に、ラットの足裏に細くて柔らかいFilamentを曲がるくらいに押し付けて圧刺激を加えます。そして、徐々に太くて硬いFilamentに交換して圧刺激を大きくします。圧刺激を加えた際にラットが痛みの感覚を感じ、逃避行動を示すFilamentで閾値を測定します。
8-2.術後の疼痛改善
8-2-1.術後の疼痛改善に使われる薬物の問題点
疼痛を抑える薬物としてステロイド性抗炎症剤と非ステロイド性抗炎症剤に大別する事が出来ます。しかし、どちらも副作用があります。
ステロイド性抗炎症剤の副作用として感染症の合併、糖尿病・高脂血症・高血圧等の発症が知られています。その欠点を改善するために非ステロイド性抗炎症剤が開発されました。しかし消化性潰瘍や喘息の発症、腎機能障害が副作用として生じてしまいました。このような副作用を持つ薬剤は、術後の抵抗力が落ちている患者には不向きで、副作用が比較的低いと考えられる天然生薬が注目を集めています。
8-2-2.術後の疼痛の改善
足底を切開したラットを、術後疼痛モデルとして実験は行われました。
Naproxen:消炎・鎮痛・解熱剤
Figure 3 Reduced mechanical sensitivity by application of C. officinale extracts (COE) in a postoperative pain model. Compared with the nontreated group, the groups treated with COE (100, 300 mg/kg) showed significantly higher mechanical withdrawal threshold at both 5 and 24 hours after surgery. Naproxen (30 mg/kg) was used as the positive control analgesic. All data are the means ± SEM (n = 9 per group). The asterisks indicate significant difference from the control group, ∗ p < 0.05, ∗∗ p < 0.01, and ∗∗∗ p < 0.001.
【出典】Lim, E.Y., et al. Analgesic Effects of Cnidium officinale Extracts on Postoperative, Neuropathic, and Menopausal Pain in Rat Models
Figure 3の 縦軸はvon Frey試験の疼痛のスコアーを示しています。値が低いほど、疼痛が強い事を示します。術後5hにおいて、コントロール及びCnidium officinale Extracts(COE)30㎎/㎏を投与した際の値は低くなり、疼痛が強い事が分かります。
一方で、COE 100㎎/㎏及びCOE 300㎎/㎏の投与では、Naproxen 30mg/kgの投与と同等のスコアーとなりました。また術後24hにおいては、COE 300㎎/㎏を投与したラットに関して、疼痛の回復が早くなっています。
この結果は、術後の疼痛に関してセンキュウ抽出物は改善効果があり、また、疼痛の回復改善が期待できる結果となりました。
8-3.神経障害性疼痛の改善
8-3-1.神経障害性疼痛
神経障害性疼痛とは、痛みの刺激を伝える神経が損傷することによって起こる疼痛を指します。 帯状疱疹後の痛みや、糖尿病の合併症に伴う痛み、坐骨神経痛、三叉神経痛などがあります。これらは侵害受容性疼痛(組織の損傷を感知する痛み)や心因性疼痛(ストレスを蓄積することで身体に痛みを生じる病態)とは異なる痛みです。
8-3-2.神経障害性疼痛の改善
神経障害性疼痛モデルラットはDescosterdらの方法で作成をして実験を行いました。
The effect of COE in the SNI neuropathic pain model.
Figure 4 Oral administration of COE significantly attenuated hypersensitivity in response to von Frey stimulation from 3 to 15 days in an SNI neuropathic model. The MWTs of the group treated with COE or naproxen remained higher than those of the untreated control group. Data are the means ± SEM (n = 9 per group). The asterisks indicate significant difference from the control group, ∗∗ p < 0.01 and ∗∗∗ p < 0.001.
【出典】Lim, E.Y., et al. Analgesic Effects of Cnidium officinale Extracts on Postoperative, Neuropathic, and Menopausal Pain in Rat Models
Figure 4の縦軸はvon Frey試験の疼痛のスコアーを、横軸は手術後の日数を示しています。
グラフにはsham(外科手術を施していない negative control)、control、Naproxen 30㎎/㎏投与、センキュウ抽出物(Cnidium officinale Extracts(COE))を100㎎/㎏及び300㎎/㎏投与したラットが示されています。Shamに対して、手術を施したいずれのラットの疼痛のスコアーは低くなり、強い疼痛を生じている事が分かります。しかし、controlに対してNaproxen 30㎎/㎏及びCOE 100㎎/㎏を投与したラットのvon Frey試験のスコアーは改善され、またCOEを300㎎/㎏投与したラットのスコアーは更に改善された結果となりました。
Figure 5 The effect of COE in the SNI neuropathic pain model.
Figure 5 Administration of COE significantly inhibited the induction of IL-6, IFN-ɤ, IL-12, and IL-2 expression in DRG neurons of a neuropathic rat model by ELISA. Data are the means ± SEM (n = 9 per group). The asterisks indicate significant difference from the control group, ∗∗ p < 0.01 and ∗∗∗ p < 0.001.
【出典】Lim, E.Y., et al. Analgesic Effects of Cnidium officinale Extracts on Postoperative, Neuropathic, and Menopausal Pain in Rat Models
ここで、Limらは炎症性サイトカインとセンキュウ抽出物の関係を調査しています。
Figure 5 の縦軸はサイトカインの濃度を、横軸は代表的なサイトカインを示しています。いずれのサイトカインもCOEを投与する事で、shamと同等レベルまでサイトカインの濃度が抑えられている事が分かります。つまり、Figure(a)とFigure(b)の結果から、センキュウ抽出物は炎症性サイトカインの濃度を低下させ、炎症カスケードを阻害することにより鎮痛効果を発揮する事が示唆されました。
8-4.更年期障害による関節痛の改善
8-4-1.更年期障害による関節痛
エストロゲン受容体は、子宮や卵巣だけではなく、骨、関節、腱にも存在しています。更年期に入り、エストロゲンの分泌が不安定になると、手足のこわばりや関節痛などの症状が出始めます。
8-4-2.更年期障害による疼痛の改善
実験で用いる更年期障害モデルのラットは、卵巣を摘出する事によって準備しました。
*Ovariectomy (OVX) 卵巣摘出
Figure 6 【出典】Lim, E.Y., et al. Analgesic Effects of Cnidium officinale Extracts on Postoperative, Neuropathic, and Menopausal Pain in Rat Models
Figure 6 は、縦軸にvon Frey試験の疼痛のスコアーを、横軸はSham(外科手術を施していない)、Vehicle(control)、Estradiol 10ug/kgを投与、センキュウ抽出物(Cnidium officinale Extracts(COE))30,100及び300mg/kgを投与したラットを示しています。Shamに対して卵巣摘出をしたラット(Vehicle)のvon Frey試験の疼痛のスコアー低くなり疼痛が強い結果となっていますが、Estradiol、COEを投与したラットは、shamレベルまで疼痛のスコアーが改善しました。
Ref. ③ 成田年., 鈴木勉. (2007). 疼痛行動の評価法. 日本薬理学会雑誌, 130(2), 124-127
9.引用文献
・健美薬湯株式会社 生薬解説【トウキ】 基本情報から学術情報まで
・川芎を含む漢方薬の効能と副作用とは?当帰含有の漢方薬を解説
・漢方知識「生薬単」改訂第2版, 84-85