チンピ（陳皮） 英名：Citrus unshiu peel ラテン名：Aurantii Nobilis Pericarpium
基原植物：温州(ウンシュウ）みかん、Citrus unshiu Marcowicz, Citrus reticulata Blanco（ミカン科 Rutaceae））
「陳」とは古いと言う意味で、2年くらい熟成した果皮が良いとされています。また、5～10年熟成した果皮は高値で流通している様です。
生薬以外に、様々な工夫を施し料理として生活に取り入れられています。七味唐辛子やお屠蘇（とそ）（お正月にいただくお酒）に配合したり、またアロマテラピーやスキンケア（整肌）、入浴剤にも使用されます。
また、チンピの構成成分は多岐にわたり、成分毎に使用される事も少なくありません。本稿では生薬「チンピ」だけではなく、構成成分に関してもご紹介します。
１．基原
1-1. 基原
本品は温州みかんCitrus unshiu Marcowicz 又は Citrus reticulata Blanco（ミカン科 Rutaceae）の成熟した果皮である。本品は定量するとき，換算した乾燥物に対し，ヘスペリジ ン4.0％以上を含む。
1-2. 調製
成熟した果皮をはぎとるか、又は湯通しした後果肉を取り除きその果皮を乾燥する。
みかんの花
みかんの果実
２．主な産地
2-1. 日本：和歌山、愛媛、静岡、佐賀、熊本など
2-2. 中国：浙江省、四川省、広東省など
4000年前から栽培されていました。
2-3．韓国
３．主な成分
3-1. Hesperidin（ヘスペリジン）
(CAS No. 520-26-3) 【出典：構造式】富成分士フィルム和光純薬ホームページ
フラボノイド配糖体でビタミンP（ポリフェノール類、ビタミン様物質）とも呼ばれています。
主な効果：抗酸化作用、毛細血管の強化作用、血流改善、血圧降下、花粉症などのアレルギー症状の緩和などが知られています。
3-2. d-Limonene（d-リモネン） ((+)-Limonene)
（CAS No. 5989-27-5） 【出典：構造式】富士フィルム和光純薬ホームページ
皮の表面にある、油胞（ぶつぶつ）に多く含まれます。精油（モノテルペン）で不斉中心があり、強いレモン臭がするのはｄ体です。一方で苦味成分でもあります。
主な効果：香り成分でリラックス効果を得る事が出来ます。
また、炭化水素系の物質（ポリスチレン、ゴム、プラスチックなど）を溶解する性質を持っています。
3-3. Synephrine（シネフリン）
（CAS No. 94-07-5） 【出典：構造式】富士フィルム和光純薬ホームページ
アルカロイド類。
主な効果：交感神経を刺激して、脂肪燃焼を促す働きがあります。そのためダイエットサプリメントとして用いられる事があります。さらに興奮作用もありスポーツのパフォーマンスを上げる事も知られています。
3-4. その他
テルピネンなどの精油類、ナリンギンなどのフラボノイド類などが知られています。
４．効能・効果
4-1．毛細血管の強化作用によって免疫力を上げます。
毛細血管は栄養や酸素の受け渡しを行う重要な組織ですが、機能が低下すると出血や細菌の侵入などが起こります。チンピの成分であるヘスペリジンは毛細血管を強化して細菌の侵入を防ぎ、風邪などの予防効果をもたらすとされています。
4-2．整腸作用があります。
副交換神経を刺激して胃酸や唾液の分泌を促し、ぜん動運動を活発にして、胃もたれ、嘔吐、ストレスや薬の副作用によるガスの滞留、げっぷなどを緩和します。他に、食欲増進も期待できます。
4-3．高血圧の改善が期待できます。
血管平滑筋の収縮を抑制し、血管壁が拡張し易くなる事で高血圧を改善します。
4-4．冷え性の改善が期待できます。
血管を弛緩させ、血流の循環が良くなることで、冷え性の改善が期待できます。
4-5．リラックス効果があります。
香り成分であるリモネンが、リラックス効果をもたらします。
4-6．ビタミンC消耗抑制作用によって生活習慣病の予防が期待できます。
ビタミンCには抗酸化作用があります。ストレスや疲労で過剰に発生した活性酸素は、ビタミンCを消耗させ、活性酸素の増加を招きます。その結果、疾患を発症しやすくなります。ヘスペリジンにはビタミンCの消耗抑制効果があり、生活習慣病の予防が期待できます。
4-7. 美肌が期待できます。
リモネンなどの精油成分には肌の保湿作用があり、美肌・整肌が期待できます。
５．副作用
5-1. 消化器の有害事象
前述（4-2.）で示しました様に、チンピの効能には整腸作用が知られています。しかし過剰の接種によって食欲不振、胃部の不快感、嘔吐を起こす事があるため注意が必要です。とくに、胃腸虚弱の方は注意が必要です。
６．副作用の回避
副作用発現を回避するための目安として、1日みかん2個分を上回らない程度の摂取が推奨されています。
７．チンピの多様な研究
7-1．チンピの多様な用途
チンピは温州みかんの果皮を成熟させた物です。温州みかんを含む柑橘類の果皮の用途は、Na Liuらがレビューでまとめています。その用途は下図に示します様に、医薬品、食品、生化学産業、化粧品など多岐に渡っています。私達は柑橘類を食べる際に、果皮は廃棄物としがちですが、身近なところで様々な用途に使われている事が分かります（Fig. 4.)。
【出典】Na Liu., et al. A review of chemical constituents and health-promoting effects of citrus peels
7-2. 柑橘類の多様な生理活性
Na Liuらは8-1.と同じレビューの中で、果皮中に含まれている成分と、その生理活性に関してまとめた表が掲載されています（Fig. 3.）。
【出典】Na Liu., et al. A review of chemical constituents and health-promoting effects of citrus peels
成分の多くはファイトケミカルです。これらの成分は植物に有益なだけではなく、幾らかの成分は人に対しても有効です。
*ファイトケミカル：植物成分で昆虫や紫外線などの有害なものから身を守るための物質
８．トピック：近年の研究
チンピを含む柑橘類の効果として、香り成分のリモネンによるリラックス効果や鬱や不眠症の改善効果などがあります。これらの効果は、リモネンが大脳辺縁系に作用する事によって発揮されます。
ここでは、リモネンの香りがどの様にして脳に運ばれて大脳辺緑辺系に作用するのかについてご紹介します。
8-1.香りが脳に届くメカニズム
香りを感じるルートは、下図に示します様に３通りあると言われています。
Figure Inhalation of the citrus Essential oils (EOs) including limonene and response delivery to the central nervous system through the olfactory lobe, respiratory and circulatory system.
(A) Through Activation of Nasal Olfactory Chemoreceptors
(B) Direct Penetration of EO Molecules via Neuronal Pathway
(C) Alveolar Absorption of EO Molecules into the Blood Circulation with Subsequent Effect on Brain
8-1-1. 嗅覚受容体を介して電気信号として脳を刺激して香りを認識します。
香り成分（Odorants）は概ね揮発成分です。鼻から気体となった香り成分が入ると、鼻腔の嗅上皮（Olfactory epithelium）の嗅粘液に成分が溶けて香りが取り込まれます。次いで嗅繊毛（Cilia）に存在しています嗅覚受容体と結合します。嗅覚受容体に香り分子が結合しますと，受容体に隣接しているＧタンパク質が活性化され，その結果，嗅神経細胞内で情報伝達物質（cAMP）の量が上昇し、電気信号となり嗅球（Olfactory bulb）（味覚処理に関わる脳の領域）に伝えられます。
8-1-2. 香り成分を軸索に沿って直接脳に送り、香りを認識します。
香り成分が嗅覚受容体の表面に結合すると、エンドサイトーシス（細胞が外部に存在する物質を取り込む）を開始します。とりこまれた香り成分は軸索を通り、最終的にはエキソサイトーシス（細胞外への分泌）されて嗅球に到達します。
参考：図のPathway（B）は血液脳関門（BBB：blood-brain barrier）を通過する事なく脳内に薬物を運ぶ事ができるため、認知症治療薬などの薬物動態（ADME：Absorption, Distribution, Metabolism, Excretion）の改善に期待されています。
8-1-3. 肺から吸入した香り成分は、肺胞から血中に入り、体循環によって脳に運ばれ、香りを認識します。
吸入した香り成分は、気道を通過して体内に入ります。そして肺に到達し、肺胞にてガス交換されて血中に移行します。取り込まれた香り成分は血液の体循環によって脳に運ばれ香りと認識します。
Ref. ④ : 東原和成.(2015), 嗅覚の匂い受容のメカニズム. 国立開発研究法人 科学技術振興機構, 118-1072
8-2．「鬱」や「不眠」の症状を改善
Figure Mechanisms of Anti-depression and improvement of insomnia
8-2-1．リモネンの抗鬱作用
8-2-1-1．リモネンはBDNF（脳由来栄養因子）の分泌を促進します。
BDNFは細胞表面にあるTrkB受容体に結合し、神経細胞の成長を調節し、脳細胞の増加に関与しています。リモネンはBDNFの分泌を促進します。
8-2-1-2. リモネンはCORT（ストレスホルモン）を低下させます。
CORTは、副腎皮質刺激ホルモンによる刺激によって副腎皮質から分泌されます。副腎皮質刺激ホルモンはストレスによって産生が増加するので、CORTはストレスの指標になっています。リモネンによってストレスが軽減されるとCORTは低下します。
8-2-1-3. リモネンはCRF（副腎皮質刺激ホルモン放出因子）を低下させます。
CRFは、ストレスによって視床下部から分泌されます。リモネンによってストレスが軽減されますとCRFは低下します。
Ref. ③ : コスモバイオ株式会社ホームページ「コルチコステロン測定ELISA キット」
8-2-2.リモネンには不眠症改善作用があります。
8-2-2-1. リモネンは5-HT（セロトニン）の分泌を促進して不眠を解消します。
5-HTは日光を浴びると分泌を促進します。しかし、不眠などで日中のパフォーマンスが低下すると、充分なセロトニンが作れず、睡眠を促すメラトニン（セロトニンより合成）が不足して不眠を招きます。リモネンはセロトニンの分泌を促し、その結果、メラトニンを充分に得て、不眠を解消する事が出来ます。
8-2-2-2. リモネンはGABAの分泌を促進して不眠を解消します。
GABA（γ-Aminobutyric acid）は抑制性の神経伝達因子で、興奮性のホルモンを抑制し、副交換神経の働きを活発にします。リモネンはGABAの分泌を促進し、その結果入眠を促します。
９．参考
・チンピ-ユンケル疲れや風邪を引いた時の栄養ドリンク佐藤製薬株式会社
・漢方知識「生薬単」改訂第2版, 76-77
