日本名:ハッカ(薄荷) 英名:Japanese peppermint, Menthae Herb ラテン名:Menthae Herba
基原植物: Mentha arvensis Linné var. piperascens Malinvaud(シソ科 Lamiaceae)
ハッカは多年草で、草丈は60~80cm、8月頃に紫白~紫色の花をつけます。アジア東部の温帯地方に分布し湿地帯を好みます。植物全体(特に花と葉)から、強い芳香があります。香りの清涼感・爽快感は、飲食物としてパスタ、ケーキ、アイスクリーム、ハーブティー、嗜好品としてガム、キャンディー、タバコなどに利用されています。さらに清涼感を生かしたシャンプー、リンス、ボディソープ、ハンドソープ、化粧水、入浴剤、ハミガキ粉、制汗剤、消臭剤など日常生活で幅広く利用されています。また、虫よけ効果がある事も知られています。
ハッカの花
目次
1.基原
1-1. 基原
本品はハッカMentha arvensis Linné var. piperascens Malinvaud(Lamiaceae)の地上部である。
1-2. 調製
地上部を刈り取り、風通しのよい所で陰干しにします。
2.産地
2-1. 日本:北海道(北見)、新潟県
歴史は諸説ありますが、平安時代に中国から持ち込まれた言われています。
2-2. 中国:江蘇省、浙江省
2-3. その他:アメリカ、インド
歴史は、古代エジプト時代に生薬として使用され、古代ギリシャ時代に栽培が始められたと言われています。
3.主な成分
3-1. l-menthol(l-メントール)
(CAS No. 2216-51-5)【構造式:出典】富士フィルム和光純薬株式会社ホームページ
ハッカの主成分。
主な効果:冷感作用、抗炎症、抗菌作用などが知られています。
3-2. l- menthone(l-メントン)
(CAS No. 14073-97-3)【構造式:出典】富士フィルム和光純薬株式会社ホームページ
メントールの酸化物。ミントに似た香りがするため、化粧品や香料に用いられています。
主な効果:降圧作用、整腸作用などが知られています。
3-3. その他
l-リモネンなどのテルペンを含んでいます。
(参考). ハッカとハッカ油
ハッカ油 基原(第十八改正日本薬局方)
本品はハッカMentha arvensis Linné var. piperascens Malinvaud(Lamiaceae)の地上部を水蒸気蒸留して得た油を冷却し、固形分を除去した精油である。本品は定量するとき、メントール30.0%以上を含む。
4.効能・効果
4-1. 冷感作用
ハッカに含まれているメントールは、皮膚に分布している温感センサーを活性化して冷感作用を高めます。
Ref . メントールの冷感で、体温は下がるのか?メントールの効果徹底検証!
4-2. のどや鼻の清涼感
ハッカに含まれているメントールにはのどや鼻の線毛の働きを活発にし、清涼感をもたらします。また、ウイルスなどを身体外に出し風邪をひき難くします。
4-3. リラックス効果と覚醒効果
ハッカはリラックス効果と覚醒効果の両方を持ち合わせています。不安やイライラを鎮静する一方で、頭をスッキリさせる働きも期待できます。
4-4. 健胃、駆風(くふう)作用
芳香性健胃薬に分類されます。ハッカに含まれるメントールが胃粘膜を刺激して、消化液の分泌を良くします。二日酔いにも効果的です。
4-5. 抗菌作用
ハッカに含まれるメントールには抗菌作用があります。家庭では洗濯物の生乾きや靴の防臭や、タンスに入れて防腐剤として使う事も出来ます。
4-6. 除虫効果
多くの虫(蚊、ハチ、ハエ、アブ、ゴキブリなど)はハッカの香りを苦手とし、ハッカの匂いを嗅ぐと逃げていきます。但し、殺虫効果はありません。
Ref . Rentio Press 防虫・虫除けにハッカ油が効果的!?ゴキブリ・ハチ退治もできる!
5.副作用
5-1. 熱中症
ハッカ(メントール)を塗布すると温感センサーが活性化して冷感を感じますが、体温が低下している訳ではありません。
5-2. 強すぎる冷感(刺激)
人によっては少し時間が経ってから冷感を感じる事があります。冷感が得られないからと言って連続で塗布すると、結果として過剰となり、皮膚は刺激として感じてしまいます。
6.副作用の回避
6-1. 熱中症の回避
体温が低下している訳ではないので、特に夏場は熱中症に気を付けて、水分補給を意識しましょう。
6-2. 強すぎる冷感(刺激)の回避
始めの塗布は少量から行い、冷感が得られない時は2~3分待ってから再度塗布しましょう。
7.ハッカの多様な研究
Figure 1 Biological activities of Mentha arvensis Linné
ハッカに関して、種々の薬効・薬理に関する語句で、データベースとしてPubMed、Google Scholarで調査を行いました。ここに示します様に近年、多岐に渡り研究がされている事が分かります(Figure 1)。
8.トピックス:近年の研究
ここでは、ハッカの主成分であるメントールの、温度感受性TRP(Transient receptor potential)チャンネルによる清涼感や不快感に関する研究の報告を紹介致します。
8-1. 温度感受性TRPチャンネルの活性化
8-1-1. 温度によるTRPチャンネルの活性化
TRPチャンネルは、温度を感知する細胞表面に存在するチャンネルです。
Figure 2 【出典】Pertusa, M., et al. Mutagenesis and Temperature-Sensitive Little Machines.
Figure 2 は種々のTRPチャンネルと、そのチャンネルが活性化される温度について示した図です。現在、TRPチャンネルは11種類知られています。
8-1-2. TRPV1(transient receptor potential vanilloid-1)の温度と化学物質による活性化
弊社ホームページ「生薬解説 【トウガラシ】」において、TRPV1チャンネルは約43℃以上の熱、もしくはカプサイシンで活性化する事を解説致しました。
Figure 3 【出典】日本経済新聞 香辛料・高温、刺激感じる仕組みは同じ
「生薬解説 【トウガラシ】」を要約しますと、Figure 3 に示します様に、43℃以上の熱、もしくはカプサイシンによってTRPV1チャンネルは開口して、Na+、Ca2+が細胞内に放出され、その結果、脱分極が起こり、活動電位を発生させ、脳が痛みを感じる事です。
8-1-3. 温度と化学物質によるTRPチャンネルの活性化
Figure 4 【出典】B, Maria., et al. Transient Receptor Potential A1 Channels Insights Into Cough and Airway Inflammatory Disease
Figure 4 にTRPチャンネルを活性化する、温度と化学物質を示しています。42℃以上の熱とカプサイシンで活性化されるTRPV1と同様に、TRPは温度以外に化学物質でも活性化する事が知られています。
Ref. ③:香辛料・高温、刺激感じる仕組みは同じ. 日本経済新聞ホームページ
Ref. ④:B, Maria., et al. (2011). Transient Receptor Potential A1 Channels. Chest, 140(4), 1040-1047
8-2. 天然由来の選択的TRPM8のアゴニストの探索
8-2-1. ハッカの主成分であるメントールはTRPM8(transient receptor potential melastatin 8)とTRPA1(transient receptor potential ankyrin 1)のアゴニスト
Y, Yudin.らは、17℃以下の温度で活性化するTRPM8チャンネルは、メントールでも同様にTRPM8を活性化する事を報告しています。
Figure 5 【出典】鈴木善郎. TRPM8(Transient Receptor Potential Melastatin 8). *Ilicin:TRPM8のアゴニスト
TRPM8はTRPV1と同様にNa+、Ca2+が細胞内に放出され脱分極がおこり、活動電位を生じて脳に伝えられ、清涼感を得る事ができます(Figure 5 )。
一方で、更に温度を下げたり、メントールの量を増やすと、ワサビやカラシの受容体であるTRPA1が活性化されます( Figure 2 )。つまり、メントールはTRPM8とTRPA1、両方のアゴニスとして働き、清涼感と同時に不快感(灼熱感)を与えます。
8-2-2. ユーカリの主成分である1,8-シネオール(eucalyptol)はTRPM8のアゴニストでTRPA1のアンタゴニスト
上述の様にメントールは、清涼感を得る事が出来ますが、一方で徐々にTRPA1も活性化され不快感を伴ってきます。そのため、理想的には、TRPM8のみを選択的に活性化をして、TRPA1を阻害する化合物が望まれます。
Takaishiらは種々のエッセンシャルオイルのスクリーニングを行い、ユーカリの主成分である、1,8-シネオール(eucalyptol)がその条件を満たす化合物である事を発見しました。
Figure 6 【出典】Masayuki Takeshi., et al. 1,8-cineole, a TRPM8 agonist, is a novel natural antagonist of human TRPA1
Figure 6 はヒトの感覚刺激による、1,8-シネオールの効果を示しています。
縦軸はヒトの感覚刺激を示し、5段階で評価を行い、スコア1は弱い刺激、スコア5は激しい刺激として表しています。
グラフ(A) 及びグラフ(B):1,8-シネオール(0.5 (wt%))とVehicleとの感覚刺激の差は認められませんでした (n = 10)。
グラフ(C):TRPA1のアゴニストであるオクタノール(0.2 (wt%))によって引き起こされる不快な感覚刺激は、1,8-シネオール(0.1 (wt%))の併用塗布により、塗布 7 分後において有意に抑制されました。
グラフ(D):オクタノールによる不快な感覚刺激の合計スコアは、1,8-シネオールによって有意に抑制されました(n = 11)(Wilcoxon 検定*: p < 0.05)。
グラフ(E):TRPM8とTRPA1のアゴニストであるメントール(0.5 (wt%)) によって引き起こされる不快な感覚刺激は、1,8-シネオール(0.5 (wt%))の併用により、塗布 5 分後において有意に抑制されました。
グラフ(F):メントールによる不快な感覚刺激の合計スコアは、1,8-シネオールによって有意に抑制されました(n = 11)(Wilcoxon 検定*: p < 0.05)。
これらの結果より、1,8-シネオールはTRPA1のアゴニストで、TRPM8のアンタゴニストである事が示唆されました。
Ref. ②:鈴木善郎. TRPM8(Transient Receptor Potential Melastatin 8). 温度生物学ハンドブック, 1-9
Ref. ④:斎藤 茂. TRPA1(Transient Receptor Potential Ankyrin 1). 温度生物学ハンドブック, 1-10
Ref. ⑦:富永真琴. (2013). 温度感受性TRPチャンネル. 漢方医学, 37(3), 164-175
Ref. ⑧:富永真琴. (2022). 温度感受性TRPチャンネル. 生化学, 94(2), 236-257
Ref. ⑨:五感とは違う感覚センサー. マンダムホームページ
9.引用文献
・ハッカ|薬用植物フォトライブラリーフォトライブラリー|からだ健康サイエンス
・漢方知識「生薬単」改訂第2版, 172-173