オウレン(黄連) 英名:Coptis Rhizome ラテン名:Coptidis Rhizome
基原植物:Coptis japonica Makino、Coptis chinensis Franchet、Coptis deltoidea C. Y. Cheng et Hsiao又は Coptis teeta Wallich (Ranunculaceae キンポウゲ科)
オウレンは常緑の多年草で、日本固有種の生薬です。花季は早春(3-4月頃)に根元から高さ10 cm位の花茎を出し、2-3個の小さな白色~淡いピンク色の花を付けます。オウレン(黄連)の名前は、根茎が黄色で連なっている事に由来します。オウレンは弱いにおいがあり、味は極めて苦く口内に残留性があります。オウバク(ミカン科キハダ属の樹皮)と共通成の分があり、色や効能が類似しています。見分け方として、成分として両方ともベルベリンを含んでいますが、含量は異なります(換算した生薬の乾燥物に対して、塩化物としてオウレンは4.2%以上、オウバクは1.2%以上と規定されている)。また、オウバクは粘液細胞を多く含み、水を加えるとゲル状となり粘りが出ます。一方で、オウレンは粘液細胞が少ないので粘りません(サラサラしている)。
オウレンの花
目次
1.基原
1-1.基原
本品はオウレン Coptis japonica Makino, Coptis chinensis Franchet,Coptis deltoidea C.Y. Cheng et Hsiao 又はCoptis teeta Wallich (Ranunculaceae)の根をほとんど 除いた根茎である。本品は定量するとき、換算した生薬の乾燥物に対し、ベルベリン[ベルベリン塩化物(C20H18ClNO4:371.81)として] 4.2%以上を含む。
1-2.調製
畑(生育5年)もしくは山地(生育8~10年)で栽培し、秋頃に草刈り・倒木をして根株を掘り起こし、株分けをして3〜4日乾燥させます。細い根を”毛焼き”によって除いた後、金網の上で磨きにかけ、再び、乾燥させます。
2.産地
2-1.日本
福井県(越前黄連)、鳥取県(因州黄連)、兵庫県(丹波黄連)が有名でしたが、現在は概ね中国産が使用され、国内栽培は越前黄連がわずかに栽培しています。
奈良時代に中国からオウレンに関する知識が伝わり、江戸時代には日本から中国に輸出される様になりました。
2-2.中国
四川省、湖北省、陜西省などで栽培されています。
中国最古の薬物書である「神農本草経(しんのうほんぞうきょう)」に上品(じょうほん)として「王連」と記載され、消炎、止血に用いられてきました。
2-3.その他
ミャンマーなど
3.主な成分
3-1.Berberine(ベルベリン)
(CAS No. 633-66-9) 【構造式:出典】ChemFaces ベルベリン
カウンターアニオンとして、塩化物イオン、硫酸イオンなどが知られています。
オウレンの苦味成分です。
3-2.Palmatine(パルマチン)
(CAS No. 3486-67-7) 【構造式:出典】ChemFaces パルマチン
3-3.Coptisine(コプスチン)
(CAS No. 3488-66-6) 【構造式:出典】ChemFaces ホームページ
3-4.Magnoflorine(マグノフロリン)
(CAS No. 2141-09-5) 【構造式:出典】GLOBAL ホームページ
3-5.その他
Alkaloid:jateorrhizine、worenineなど
Aromatic compound :ferulic acidなど
4.効能・効果
4-1.健胃作用(苦味健胃)
食欲不振、腹痛、下痢、また二日酔いによる胃の不快感などに効果があります。
4-2.抗菌作用
黄色ブドウ球菌、赤痢菌、淋菌などに対して効果があります。
4-3.消炎作用
胃腸炎、皮膚化膿症、目の炎症(洗眼)、また外用薬として切り傷、打ち身、捻挫、リウマチ、関節炎などに効果があります。
4-4.鎮静作用
不眠、不安、興奮の解消に効果があります。
4-5.血圧降下作用
5.副作用
健胃・整腸作用が効きすぎて食欲不振、下痢になる事があります。
6.副作用の回避
副作用の多くは過剰摂取に起因しています。過量の服用や長期使用には注意が必要です。
7.オウレンの多様な研究
Figure 1. Biological activity of Coptis Rhizome
Figure 1. はオウレンを対象とした主な研究分野をまとめた図になります。
8.トピックス:近年の研究
ここでは、Wuらの論文で、オウレンの成分であるMagunoflorineの、ケラチノサイトのアポトーシス誘導抑制を機序とする、アトピー性皮膚炎の改善の研究を紹介します。
8-1.皮膚のバリア機能
8-1-1.ターンオーバー
Figure 2. Skin turnover
基底層で生成された角化細胞(ケラチノサイト)は、ターンオーバーによって有棘層、顆粒層、角質層へと分化して垢となって排出されます。
8-1-2.皮膚のバリア機能
Figure 3. Skin barrier
【出典】日本皮膚科学会ガイドライン「アトピー性皮膚炎症診療ガイドライン2021」
Figure 3. に示します様に、皮膚には3種類の皮膚バリアがあります。皮膚バリアの働きは「外界からの異物や細菌の侵入を阻止する」機能と「体内の水分を逃がさない」機能があります。
皮膚バリアは、気相-液相間バリアとして働く角層バリア、液相-液相間バリアとして働くタイトジャンクション、免疫バリアとして働くランゲルハンス細胞に分けられます。
8-1-3.アトピー性皮膚炎の主要なメカニズム
Axel Trautmannらは、皮膚に浸潤したT細胞の活性化による、Fas誘導のケラチノサイトのアポトーシスが、アトピー性皮膚炎の主要なメカニズムである事を報告しています。
ケラチノサイトにアポトーシスが起こると、前述のターンオーバーが乱れ、皮膚バリアに異常を来します。皮膚バリアの異常は、アトピー性皮膚炎において、炎症の亢進に重要な役割を果たすことが知られています。また、損傷したバリアを通した抗原の侵入は、自然免疫応答の増加、抗原提示細胞の刺激、および様々な皮膚疾患につながる可能性があります。
ここでは、オウレンの成分の一つであるMagunoflorineがケラチノサイトのアポトーシス抑制に効果があり、またアトピー性皮膚炎の改善に繋がる事を調査しました。
8-2.オウレンから抽出されたMagnoflorineによるケラチノサイトのアポトーシスの抑制とアトピー性皮膚炎の改善
【用語説明】
*RC:Rhizoma coptidis オウレン
*MAG:Magunoflorine オウレンの成分
*AD:Atopic dermatis アトピー性皮膚炎
*HaCaT cell:成人男性皮膚から樹立された不死化角化細胞(ケラチノサイト)株
*INF-ɤ + TNF-α:アポトーシスを誘導する炎症性サイトカイン
*DNCB:2,4-dinitro chlorobenzene アトピー性皮膚炎の発症を誘導する化合物
*NC:Normal control
*WDO:Wu Dai ointment マンデル酸 古い角質を溶かしながらターンオーバーを促進する
*RCE:Rhizoma coptidis extract オウレン抽出物
*Caspase-3:アポトーシス時に活性化するタンパク質 アポトーシスの重要なメディエーターの1つ
8-2-1.HaCaT細胞におけるMAGのアポトーシス抑制効果
8-2-1-1.フローサイメトリーによるHaCaT細胞のアポトーシス抑制の測定
Figure 4. にフローサイメトリー測定によるHaCaT細胞のアポトーシスの結果を示します。
Figure 4. MAG showed the best activity on inhibiting IFN-γ + TNF-α-induced apoptosis of HaCaT cell. Flow cytometry analysis of MAG. Each point represents the mean ± SD of three independent experiments (*P < 0.05, **p < 0.01 vs model group).
【出典】Siqi Wu, et al. Magnoflorine from Coptis chinese has the potential to treat DNCB-induced Atopic dermatits by inhibiting apoptosis of keratinocyte.
HaCaT細胞に関して、INF-ɤ + TNF-αを作用したところ、コントロールのドットと比べて、アポトーシスを誘導したドットは分散している事が分かります。一方で、各濃度のMAGを処理したドットは、濃度依存的に集中し、アポトーシス誘導が抑えられる事が示唆されました。
8-2-1-2.Hoechst33342の核染色によるHaCaT細胞のアポトーシス抑制の測定
Figure 5. にHoechst33342の核染色によるHaCaT細胞のアポトーシスの測定結果を示します。
Figure 5. Hoechst staining. MAG protects the HaCaT cells from INF-γ/TNF-α induced apoptosis. The red arrows show apoptotic cells. The data are presented as mean ± SD of the three experiments. (*P < 0.05, **p < 0.01 VS model group).
【出典】Siqi Wu, et al. Magnoflorine from Coptis chinese has the potential to treat DNCB-induced Atopic dermatits by inhibiting apoptosis of keratinocyte.
HaCaT細胞に対するHoechst33342の核染色による結果は、コントロールの死細胞数と比べて、INF-ɤ + TNF-αを処理してアポトーシスが誘導された死細胞数の方が増加しています(Model)。一方でMAG処理をしたHaCaT細胞の死細胞数は濃度依存的に減少し、アポトーシスの誘導が抑えられている事が示唆されました。
これらの結果から、MAG処理によってHaCaT細胞のアポトーシスが抑制される事が分かりました。
8-2-2.DNCBによって誘導されたアトピー性皮膚炎の改善効果
8-2-2-1.DNCBによって誘導されたアトピー性皮膚炎の患部
Figure 6. にDNCBによってアトピー性皮膚炎を発症したマウスに関して、MAG処理をした患部(背中)の写真を示します。
Figure 6. Mice treated with DNCB induced AD symptoms and divided into different group(WDO, RCE and MAG).
【出典】Siqi Wu, et al. Magnoflorine from Coptis chinese has the potential to treat DNCB-induced Atopic dermatits by inhibiting apoptosis of keratinocyte.
マウスにDNCB処理をする事によってADが発症しました。その後、WDO, RCE, MAGをそれぞれ塗布し、コントロールと比較すると、RCE及びMAG処理したマウスのAD発症は抑制されている事が分かりました。
つまり、オウレン抽出物及びMagunoflorineには、アトピー性皮膚炎の改善効果を有する事が分かりました。
8-2-2-2.DNCBによって誘導されたアトピー性皮膚炎の病理所見
Figure 7. にDNCBによってアトピー性皮膚炎を発症したマウスに関する病理画像を示します。
Figure 7. Hematoxylin and eosin staining results of skin tissues. Data are expressed as the mean ± SD. (*P < 0.05, **p < 0.01 VS AD).
【出典】Siqi Wu, et al. Magnoflorine from Coptis chinese has the potential to treat DNCB-induced Atopic dermatits by inhibiting apoptosis of keratinocyte.
アトピーを含む皮膚疾患では、表皮の厚さが増す「表皮肥厚」が観察されます。この表皮の厚みが厚い程痒みが増すとの報告があります。上記の病理画像から、ADを発症した表皮に対して、MAG処理をする事によって「表皮肥厚」が抑えられている事が分かりました。
8-2-2-3.DNCBによって誘導されたアトピー性皮膚炎のマウスの行動と生化学的所見
Figure 8. にDNCBによってアトピー性皮膚炎を発症したマウスの行動、生化学的所見を示します。
Figure 8. Behavioral and biochemical indicators. Data are expressed as the mean ± SD. (*P < 0.05, **p < 0.01 VS AD).
【出典】Siqi Wu, et al. Magnoflorine from Coptis chinese has the potential to treat DNCB-induced Atopic dermatits by inhibiting apoptosis of keratinocyte.
上段左のグラフはマウスが患部を引掻く回数を示しています。MAG処理をしたマウスの方が、濃度依存的に引搔く回数は少なくなっています。
上段右のグラフは皮膚病変のスコアを示しています。MAG処理をしたマウスの方が、濃度依存的にスコアは低くなっています。
中段のグラフは血中のIL-4(サイトカイン)及びIgE(血清免疫グロブリン)の レベルを ELISA法による測定結果を示しています。アトピー患者の多くに見られる、IL-4やIgE上昇に対して、MAG処理したマウスの方が各々の数値が抑えれている事が分かります。
下段は臓器の重量を示しています。肝臓と腎臓の重量が変わらない事に対して、脾臓の重量はNCに対してADの方が増加しています。脾臓の重量の増加は、脾臓構成細胞以外の細胞の浸潤、炎症やそれに伴う過形成に起因していると考えられます。MAG処理をする事で脾臓の重量増加はわずかに抑えられています。
以上の事から、アトピーを発症したマウスに対してMAGはその炎症を改善している事が示唆されました。
8-2-2-4.DNCBによって誘導されたアトピー性皮膚炎の患部におけるCaspase-3発現の抑制
Figure 9. に8-2-2.のDNCBによってアトピー性皮膚炎を発症したマウスに対して、WDO、RCE及びMAG処理をした病理所見を示します。
Figure 9. MAG attenuated DNCB-induced atopic dermatitis-like symptoms. Comparison of caspase-3 between groups.The red arrows show high immunostaining for caspase-3, which is brown. Data are expressed as the mean ± SD. (*P < 0.05, **p < 0.01 VS AD).
上記の病理標本より、コントロールに対してアトピーで炎症をおこした患部はCaspase-3が多く発現し、MAG処理をする事によってCaspase-3の発現を抑えられている事が分かります。
つまり、MAGはアトピー性皮膚炎の患部のアポトーシスの誘導を抑える事が分かりました。
ここに示しましたin vitroとin vivoの結果から、オウレンの成分の一つであるMagnoflorineには、ケラチノサイトのアポトーシス抑制を機序とするアトピー性皮膚炎の改善を有する事が示唆されました。
Ref. ⑦:日本皮膚科学会ガイドライン「アトピー性皮膚炎症診療ガイドライン2021」
Ref. ⑧:田尻和人. (2021). 脾腫[私の治療]. 日本医事新法社, No.5088, 46-
Ref. ⑨:皮膚の構造・機能とスキンケアの基本技術. (2017). Expert Nurse, 33(13), 59-61
Ref. ⑩:アトピー性皮膚炎~基礎から最新知見~. (2019). Beauty, 10(2), 8-9
9.参考文献
・全国農業改良普及支援協会・株式会社クボタ みんなの農業広場
・漢方知識「生薬単」改訂第2版, 88-89