シャクヤク(芍薬) 英名:Peony Root ラテン名:Paeonia Radix
基原植物: Paeonia lactiflora Pallas(ボタン科 Paeoniaceae)
多年草で初夏(5~6月)の頃に開花します。花色はレッドやピンクのほか、紫色、白、黄色などバラエティーに富んでいます。丈は50~80cmになります。牡丹との判別は難しいですが、牡丹の花の香りが弱いのに対してシャクヤクはバラの様な甘く爽やかな香りを発します。シャクヤクは鉢植えや切り花など、観賞用として人気があります。
シャクヤクの花
1.基原
1-1.基原
本品はシャクヤクPaeonia lactiflora Pallas (Paeoniaceae) の根である。本品は定量するとき、換算した生薬の乾燥物に対し、ペオニフロリン(C23H28O11:480.46) 2.0%以上を含む。
1-2.調製
種まき後、5年目の9月~12月頃に根を堀取り、外皮を取り除いた後に水で洗い、むしろの上で乾燥させます。
2.産地
2-1.日本:北海道、富山県、長野県、群馬県など
平安時代に中国から薬草として伝わりました。室町時代に観賞用の花として人気が高まり、江戸時代には栽培と品種改良が奨励されました。
2-2.中国:浙江、安徽、河北、四川省、内蒙古自治区など
中国東北部(~シベリア)が原産です。宋代になると本格的な育種が始まりました。
2-3.その他:ヨーロッパ(イギリス、フランスなど)
18世紀頃から、観賞用として親しまれ、花色などの品種改良が盛んに行われてきました。
3.主な成分
3-1.Paeoniflorin(ペオニフロリン)
(CAS No. 23180-57-6) 【構造式:出典】富士フィルム和光純薬株式会社ホームページ
主な効果:鎮痛作用、鎮痙(ちんけい)作用、抗炎症、血圧降下、血管拡張、平滑筋弛緩などが知られています。
3-2.Albiflorin(アルビフロリン)
(CAS No. 39011-90-0) 【構造式:出典】富士フィルム和光純薬株式会社ホームページ
主な効果:鎮痙作用、血流改善などが知られています。
3-3. Paeonol(ペオノール)
(CAS No. 552-41-0)【構造式:出典】富士フィルム和光純薬株式会社ホームページ
主な効果:抗炎症、止血、鎮痛作用などが知られています。
3-4.“Total Glucosides of Paeony”(TGP シャクヤクの総グルコシド)
シャクヤクの構成成分の多くはグルコース由来の配糖体です。シャクヤクに関する論文の多くはTGP(“Total Glucosides of Paeony” シャクヤクの総グルコシド)と表記されています。TGPを加水分解や発酵や酵素で分解をするとグルコースが生成します。
下記に例を示します。
“Total Glucosides of Paeony”(TGP シャクヤクの総グルコシド)の例
(上記記載のPaeoniflorigenoneはTGPではないがシャクヤクの成分の一つ)
Figure 1.【出典】Wei Zheng et al. Total Glucosides of Paeony Attenuate Renal Tubulointerstitial Injury in STZ-Induced Diabetic Rats: Role of Toll-Like Receptor 2
また、Figure 1 に示します様に3-1.Paeoniflorinや3-2. Albiflorinも配糖体でTGPに属しています。
3-5.その他
テルペン類としてペオニフロリゲノンなど。
ガロタンニン類として1,2,3,4,6-ペンタガロイルグルコースなど。
その他、安息香酸など。
4.効能・効果
4-1.鎮痛鎮痙作用、筋弛緩作用
主成分であるペオニフロリンによって筋肉収縮が抑制され、その結果、鎮痛鎮静作用・筋弛緩作用などの効能があり、筋肉のこり・身体疼痛・手足のひきつれ・胃けいれん・筋肉の緊張などに効果があります。
4-2.婦人科系疾患の改善
補血作用があり、月経不順、生理痛、冷え症(冷え性)、不妊症、出産後の出血などに効果があります。
4-3.他の生薬との組み合わせ
シャクヤクは他の生薬と組み合わせて処方される事が多く、漢方薬の294処方のうち、102処方に配合されています。
ここでは、シャクヤク配合の漢方薬(2例)の効果・効能を紹介致します。
4-3-1.芍薬甘草湯
こむら返りや腹痛、腰痛などの鎮痛剤として用いられます。また、腹痛や胆石や腎石の疝痛発作などにも使用されます。
4-3-2.当帰芍薬散
婦人科系疾患(月経不順、月経異常、月経痛、更年期障害、産前産後あるいは流産による障害(貧血、疲労倦怠、めまい、むくみ))の改善効果があります。
5.副作用
シャクヤクは副作用が少ないとされています。しかし、過剰の摂取は注意が必要です。
シャクヤクは「4-3.他の生薬との組み合わせ」で述べました様に、他の生薬と組み合わせて配合される事が多く、ここではシャクヤク配合の漢方薬の副作用を紹介致します。
5-1.芍薬甘草湯
偽アルドステロン症(低カリウム血症)など、多くはカンゾウ由来の副作用が見られます。健美薬湯ホームページ【生薬解説】カンゾウを参考にしてください。また、長期に服用する場合は、医師とご相談の上服用してください。
5-2.当帰芍薬散
食欲不振、胃部不快感、嘔吐、腹痛、下痢、湿疹やかゆみなど起こる事があります。
6.副作用の回避
シャクヤク配合の漢方製剤に関する副作用の回避を紹介致します。
6-1.芍薬甘草湯
副作用の多くは、カンゾウに由来します。
6-2.当帰芍薬散
副作用は少ないとされています。しかし過剰の摂取よって湿疹やかゆみ、食欲不振、胃部不快感、腹痛、下痢などが稀にあります。
7.シャクヤクの多様な研究
シャクヤクに関して、現在、下記に示します様に多岐に渡り研究されています。
Figure 2. Biological activities of Paeonia lactiflora Pallas
特に、抗炎症、免疫調節の報告が多く見られました。
8.トピックス:近年の研究
ここではYuらの、シャクヤクによる乾癬の緩和に関する研究論文を紹介致します。
8-1.乾癬とは
8-1-1.症状
Figure 3. 乾癬の患部
痒みを伴いながら、皮膚が赤く(紅斑)盛り上がり(肥厚)、うろこ状のかさぶたができて(銀白色の鱗屑)、それが剥がれ落ちます。
8-1-2.原因
解明されていない事が多くありますが、遺伝的要因もしくは環境的要因によって免疫系に異常を来し、次いで正常な皮膚の5~10倍の速さでターンオーバーが起こる事で発症すると考えられています。
Figure 4. 正常な皮膚と乾癬
ウィルスやカビなどの微生物による発症ではないので、うつる事はありません。しかし患部は写真(Figure 3.)の様に赤く鱗片で、患者は人目を気にする様になり、QOLが低下する事があります。周りの方々の理解を得る事が大切です。
8-2. シャクヤクの乾癬治療に関する研究
シャクヤクには、乾癬に対して治療効果がある事が知られていますが、シャクヤクのどの成分に活性があり、また治療のメカニズムは明確ではありませんでした。Yuらは、シャクヤクのTGP*の約40%を占める、Paeoniflorinに着目して研究を行いました。
8-2-1.モルモットの乾癬モデルとPaeoniflorin処理をした患部の病理学的所見
下記にモルモットの耳裏の組織切片を示します。
Figure 5. 【出典】Yu, Jinghong., et al. Paeoniflorin suppressed IL-22 via p38 MAPK pathway and exerts anti-psoriatic effect
写真(a):ブランクの組織切片。
写真(b):Propranololを塗布する事により得られる乾癬モデルの組織切片。
写真(c):Propranolol処理をして得られた乾癬モデルに、Paeoniflorin処理を施した組織切片。
また、黒矢印は角質層と顆粒層を、灰色矢印は有棘層を示しています。
ブランクの写真(a)は角質層・顆粒層、有棘層の各組織を明瞭に観察する事ができます。
一方でPropranolol処理をした写真(b)の乾癬モデルでは、灰色矢印で示す有棘層が厚くなっている部分と、△で示す薄い部分の両方を見る事が出来ます。更に表皮には鱗屑様の白い盛り上がりを観察する事ができます。この写真からターンオーバーが速く起こっている事が示唆されます。
乾癬モデルにPaeoniflorin処理をした写真(c)は角質層・顆粒層(黒矢印)と有棘層(灰色矢印)が通常の組織(写真(a))に近い状態になりました。
この結果から、シャクヤクの主成分であるPaeoniflorinには、乾癬モデルに対して治療効果があることが示唆されました。
8-2-2. HaCaT細胞**に対するPaeoniflorinの影響
乾癬の特徴の一つに、ケラチノサイの過剰増殖があります。ここではHaCaT細胞と言うケラチノサイトを用いて実験をしました。
下記にHaCaT細胞の、Paeoniflorinの影響を調べるためにMTT***アッセイを行い、その結果を示します。
Figure 7. 【出典】Yu, Jinghong., et al. Paeoniflorin suppressed IL-22 via p38 MAPK pathway and exerts anti-psoriatic effect
グラフは縦軸にHaCaT細胞の生存率を、横軸には異なる濃度のPaeoniflorin(Blank、6.24μM、13.11μM、26.02μM、104.07μM)を示しました。グラフからPaeoniflorinの濃度が変わっても、HaCaT細胞の生存率は変わらない事が分かります。。この結果より、Paeoniflorinはケラチノサイトに影響を与えない事が分かりました。
用語の説明
*TGP: Total Glucosides of Paeony シャクヤクの総グルコシド
**HaCaT細胞:成人男性皮膚から樹立された不死化角化細胞(ケラチノサイト)株。Human adult から特別な Ca2+濃度と温度(Temperature)条件にて樹立された細胞株。
***MTTアッセイ:細胞増殖/細胞死を測定する方法。細胞のミトコンドリアに存在する脱水素酵素によって還元された化合物に関して、その吸光度を測定する事によって定量的に生細胞を測定する。
8-2-3.インターロイキンのmRNA発現に対するPaeoniflorinの影響
下記にHaCaT細胞のインターロイキン(IL-6、IL-17A、IL-22)***を発現するmRNAの産生量と、LPS****、Paeoniflorinの影響に関する結果を示します。
方法はHaCaT細胞に、異なる濃度のPaeoniflorin(0μM、2.08μM、104.07μM)処理を行い、そこにLPSを添加し、quantitative real-time PCR法を用いて発現したmRNAを測定しました。
Figure 8. 【出典】Yu, Jinghong., et al. Paeoniflorin suppressed IL-22 via p38 MAPK pathway and exerts anti-psoriatic effect
縦軸に各種インターロイキンを発現させるmRNAの濃度を、横軸にはBlank、LPS(control)及び異なる濃度のPaeoniflorin(2.08、104.07μM)処理を施したグラフを示しています。Paeoniflorin処理を施さないmRNAの発現(LPS)は明確に増加したのに対して、Paeoniflorin処理を行う事で、LPSによるmRNAの発現は、Blankと同等の値を示しました。
用語の説明
***IL-6、IL-17A、IL-22:乾癬の皮膚病変で過剰に分泌される。
****LPS:Lipopolysaccharide。マクロファージを活性化してサイトカイン(ここではインターロイキン)を分泌する。
これらの結果より、ショウキョウの主成分であるPaeoniflorinは、インターロイキンの発現を抑える事が分かりました。
従って、ショウキョウはインターロイキンの発現を抑える事による乾癬治療薬に成り得る事が示唆されました。
9.引用文献
・富山シャクヤクのブランド化推進事業報告(平成24-26年度) 選抜品種の特性比較
・芍薬(シャクヤク)-生薬の玉手箱- 株式会社ウチダ和漢薬ホームページ
・漢方知識「生薬単」改訂第2版, 188-189